“Diana Krall”(ダイアナ・クラール)美人ジャズ・シンガーの横顔は!?

“Diana Krall”(ダイアナ・クラール)は、カナダ出身のジャズ・シンガー兼ジャズ・ピアニストですが、一歩間違えれば「シンガー」という肩書がなくなっているところでした。その理由を彼女の生い立ちとともに見ていきたいと思います。

“Diana Krall”(ダイアナ・クラール)のプロフィール

・本名:”Diana Jean Krall”(ダイアナ・ジーン・クラール)
・職業・肩書:ジャズ・ピアニスト、ジャズ・シンガー
・出生地:Nanaimo,British Columbia,Canada(カナダ、ブリティッシュコロンビア州、ナナイモ)
・生年月日 1964年11月16日

低い声がコンプレックスだった少女時代

“Diana Krall”はカナダのナナイモ(ブリティッシュコロンビア州)に住む音楽一家に生まれました。
ナナイモという町は、ブリティッシュコロンビア州のバンクーバー島にある町ですが、同じジャズ・シンガーの”Halie Loren”(ヘイリー・ロレン)もアラスカ州のシトカ島出身ということで、洗練された都会的なジャズ・シンガーが、どちらも小さな田舎町に生まれたというのは興味深いことです。

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4歳で両親が教えるピアノのクラスで、クラシック・ピアノを習い始めます。
幼い頃に家族と一緒にバンクーバーに転居、高校の教師からピアノのプライベート・レッスンを受けるようになりました。
そのときのレッスンはすでにジャズのピアノ・レッスンでした。

やがて、教会の合唱団で歌うようになるのですが、先生から声が低すぎるということで拒否されてしまいます。
ひどく落ち込んだ”Diana Krall”は、それ以来しばらくは人前で歌うことはなかったといいます。
学校から帰ってくると毎日、祖母(父方)の家に行き、ピアノを弾いたり歌ったりしました。
けれども、家では歌うことはありませんでした。自分の低い声にコンプレックスを持っていたからです。
今では”Diana Krall”の歌声を低すぎると非難する人はいないでしょう。

“Diana Krall”を見出した2人のジャズ・ミュージシャン

一方で、父親がよく聴いていたジャズ・ミュージシャンの”Fats Waller”(ファッツ・ウォーラー)の曲を歌ったり、ピアノで演奏したりしていました。

15歳の時、高校のジャズ・グループで演奏を始め、故郷のナナイモのレストランでピアノの演奏をするようになりました。
それでも、歌を歌うことはなるばく控えるようにしていたようです。

1981年、17歳になってからは”Vancouver Jazz Festival scholarship”(バンクーバー・インターナショナル・ジャズ・フェスティバルの奨学金)を得て、ボストンにある”Berklee College of Music”(バークリー音楽大学)に入学、卒業後は、再びナナイモに戻ります。

ある日、”Jeff Hamilton”(ジェフ・ハミルトン)が、”Diana Krall”の演奏を聴かせようと、著名なベース演奏者、”Ray Brown”(レイ・ブラウン)を、ナナイモまで連れてきました。
“Diana Krall”の演奏を聴いた”Ray Brown”は、”Diana Krall”の才能に心を惹かれました。
2人のミュージシャンは、”Diana Krall”の家へ夕食を招かれました。
“Jeff Hamilton”は、”Diana Krall”は、”Make It in Jazz”「ジャズの道でものになる」と”Diana Krall”の母を説得しました。
最初は、反対だった母も納得し、2人のミュージシャンのすすめで”Diana Krall”は”Canada Arts Council”(カナダ芸術評議会)から奨学金を得てロサンゼルスに行くことになりました。

再び歌声に自信を取り戻した”Diana Krall”

ロサンゼルスへと旅立った”Diana Krall”は、ピアニストの”Jimmy Rowles”(ジミー・ロウレス)の師事を受けるようになりました。
“Jimmy Rowles”の家へ初めて訪れると、正式なレッスンではなく、”Billie Holiday”や”Sarah Vaughan”などのジャズのレジェンドたちの話を一日中聴いたそうです。
“Diana Krall”は、そうしたジャズのレジェンドたちの話は、レッスンや演奏よりも大切なものだったと語っています。
“Jimmy Rowles”によるレッスンは、”Diana Krall”にピアノの演奏を聴かせたり、逆に”Diana Krall”の演奏を彼に聴かせるというものだったそうです。
けれども、”Jimmy Rowles”の演奏を聴いている時間の方が圧倒的に多かったということです。
また、2人は”Ben Webster”, “Duke Ellington”のレコードを聴いて過ごしていたということです。
さらに、”Jimmy Rowles”の励ましによって”Diana Krall”はボーカルのスキルも磨いていきました。
彼女が歌うことによって、演奏する機会が増えることを知った”Diana Krall”は、ロサンゼルスのピアノ・バーで演奏するようになりました。
ロサンゼルスには3年間滞在したのちに、1990年にニューヨークに移ります。

輝かしい受賞記録の数々

1993年には、ベイシスとの”John Clayton”(ジョン・クレイトン)と”Jeff Hamilton”(ジェフ・ハミルトン)とともに録音し、初めてのアルバム”Stepping Out”を発表。
このアルバムはプロデューサーである”Tommy LiPuma”(トミー・リピューマ)に注目されました。

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1995年には、その”Tommy LiPuma”のプロデュースでセカンドアルバム”Only Trust Your Heart”を出しました。

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1996年、サードアルバム”All for You: A Dedication to the Nat King Cole Trio”はグラミー賞にノミネートされ、また70週間もの間、ビルボードのジャズ・チャートに上がっていました。

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1997年、クラール、”Russell Malone”(ラッセル・マローン)(ギター)、”Christian McBride”(クリスチャン・マクブライド)(ベース)のトリオで出した”Love Scenes”も同時にヒットしました。

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1999年、”When I Look In Your Eyes”では”Johnny Mandel”(ジョニー・マンデル)によるオーケストラ・アレンジのバックもあり、再度グラミー賞にノミネートされ、その年の”US Grammy awards for best jazz vocal performance”最優秀ジャズミュージシャンとして表彰されました。

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2001年9月にリリースされた”The Look of Love”は、最初の1週間で米国だけで95,500枚も売れました。
プラチナ・ディスクとなりビルボードでも9位に達しました。
故郷のカナダでは、アルバムチャートでは1位となり、カナダではクワドループル(4倍)プラチナ・ディスクとなりました。
このアルバムのタイトル曲は1960年代末に人気を博した映画「カジノ・ロワイヤル」の”Dusty Springfield”(ダスティ・スプリングフィールド)と
“Sérgio Mendes”(セルジオ・メンデス)の作品のカバーで、アダルト・コンテンポラリー・チャートで22位に達しました。

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2001年9月にクラールはワールドツアーを開始しました。

フランス・パリのオランピア劇場でのライブは彼女の初めてのライブアルバム”Live in Paris”としてリリースされました。
このライブはビルボード・ジャズ部門でトップ20に入り、カナダではトップ5の座を飾りました。
これにより彼女は二つ目のグラミー賞(最優秀ジャズボーカル)と”Juno Awards”(ジュノー賞)を受賞しました。
このアルバムは”Billy” Joel”(ビリー・ジョエル)の”Just the Way You Are”(素顔のままで)のカバー(アメリカのスムーズ・ジャズラジオ局でヒットした)と
“Joni Mitchell”(ジョニ・ミッチェル)の”A Case of You”のカバーが含まれています。

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2003年12月6日ウィンザー郊外の”Elton John”(エルトン・ジョン)のバークシャー邸宅で英国の歌手”Elvis Costello”(エルビス・コステロ)と結婚しました。
結婚以来、夫と共に作詞・作曲家としても活動するようになりました。
2004年4月に発表したアルバム”The Girl in the Other Room”は、全英アルバムチャートのトップ5に入り、オーストラリアのランキングではトップ40にも入りました。

“Tom Waits”(トム・ウェイツ)の1987年のアルバム”Franks Wild years”からのカバー”Temptation”は世界ジャズチャート(米独仏日中のチャートからなる)で1位となりました。

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2007年5月末より、”Diana Krall”はレクサスの宣伝キャンペーンに起用され、”Dream a Little Dream of Me”を大御所ピアニストの
“Hank Jones”(ハンク・ジョーンズ)のピアノにあわせ歌うこととなりました。

2012年 アルバム”Glad Rag Doll”をリリースしました。
4年ほどカナダをツアーしなかった”Diana Krall”は、その心境をこう語っています。
「誰もが私のことを知っているので、私はカーネギーホールよりもここ(故郷のブリティッシュコロンビア州ナナイモ)で演奏する方がナーバスな気持ちになります。」
そして、このようにも語っています。
「もう何年も私のコンサートを見に来ていない父が、彼の蓄音機を私にわたすためにコンサート会場に来るわ。」
この蓄音機は、1920年代から30年代の曲をラグタイム(ジャズのルーツの一つとされている)からブルースを現代風にアレンジしたコレクションのアルバ”Glad Rag Doll”において重要な役割を果たしています。
何しろ、この蓄音機こそ、”Diana Krall”がまだ赤ちゃんだったころから、父の膨大なコレクションを提供し続けてきたからです。

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2015年、トップの音楽プロデューサー、”David Foster”(デイヴィッド・フォスター) プロデュースによるアルバム”Wallflower”をリリースしました。このアルバムは、ロック・ミュージックやポップ・ミュージックのカバー集です。私の好きな”10cc”の”I’m Not in Love”のカバーも収録されています。

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ポップ化路線?それがどうした!

また、デビュー・アルバム”Stepping Out”や”All for You”あたりの頃は、トリオという編成で実にジャズらしい軽快な演奏をしていた”Diana Krall”ですが、その後は、オーケストラの編成をしたがえたり、ロック・ミュージックのカバーをしたりと音楽の幅を広げてきています。

そのことを”Diana Krall”の「ポップ化」と一部の批評家は批判していますが、それに対して”Diana Krall”は、「私は”Jazz Police”のために音楽活動をしているわけではない」と一蹴していました。胸のすく思いです。いろいろな”Diana Krall”の魅力を楽しめるので歓迎すべきことだと思います。

それに、新しくリリースしたアルバム”Turn Up The Quiet”は、ジャズ・スタンダード・ナンバー集になっていて、ジャズらしいアルバムとなっています。

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魅惑の「蒸し暑い」歌声?

“Diana Krall”を含めて女性ジャズ・シンガーの歌声を形容する言葉に(特に称賛の意を込めて)、アメリカでは、”sultry”という表現をよくみかけます。
直訳すると「蒸し暑い」という意味になりますが、想像するに「ムンムンする」とか「色気たっぷり」とかいう意味で使われていると思います。
日本では、ちょっと直接的すぎて使うのをためらう表現ですが、なかなか的を得た表現だと思います。(気持ちはよくわかります。)

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